城山公園と文学碑コース(約120分)

歩いて巡る、城山公園と文学碑コースです。約120分のコースです。
菊池のボランティアガイドと巡ることで、各場所の説明も聞けますよ!
(1コース同行で2,000円)

菊池夢美術館
菊池夢美術館には足湯もありますので、出発までゆっくりしてください。
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菊池神社
菊池武時、武重、武光を主神とする神社。境内には歴史資料館もあります。※歴史資料館に入られる場合、入館料は別途個人負担となります。
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頼山陽外交詩碑
(1780~1832)幕末の儒学、史学、漢詩人。南朝に忠誠を尽くした菊池一族を偲び、大津街道を通過する際に菊池村を遠望した時に詩を詠んだ。
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菊池武時公像
(1292~1333)菊池氏十二代当主。建武新政のさきがけとなり、大楠公(楠木正成)が南朝への忠誠の第一人者と呼んだ。菊池神社の祭神。
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松尾敬宇胸像
(1917~1942)山鹿市出身。生前菊池神社を崇敬し、1942年5月31日豪州のシドニー湾に特殊潜航艇で潜航突撃で戦死。戦後、豪州政府が勇者として称え豪州友好、平和の礎とした。
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日露戦役記念碑
日露戦争(1904~05)に従軍した菊池北部出身で戦死した兵士の紀念碑。1907年建設。題字は元帥侯爵山縣有朋。
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平和塔
明治初年より太平洋戦争に至る菊池北部の戦死者約1,600余柱の位牌を収め、平和を願う。題字は吉田茂元首相。
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官軍墓地
1877年3月20日、西南の役で薩軍は田原坂で敗れ、3月24日に隈府まで下り、3月30日、4月9日の官軍の総攻撃で薩軍は退却した。ここの官軍墓地は周辺で亡くなった官軍兵士の墓地となっている。
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月見殿跡
菊池本城の三の丸にあたり、菊池郷歌の一番に”・・・雲上城下に花盛り、観月殿址に月冴ゆる・・・。」とあり、中世時代から現在でも月見には最高の場所。
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徳富蘆花文学碑・徳富愛子髪塚
徳富蘆花(1868~1927)蘆花生誕100周年記念で1967年10月建立。題字は武者小路実篤。菊池慎太郎の主人公で、”思い出の記”の一説が刻んである。 徳富愛子(1874~1947)蘆花の妻愛子は菊池隈府出身。多彩なる才能で夫を支える。生前親交のあった守田昌代さんが奔走して1956年11月3日に建立された。
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荒木精之文学碑
(1907~1981)郷里を愛し「菊池三代記」をはじめ、1938年5月文学雑誌「日本講義」を創刊し、約50年間発刊し続けた。中央に対して、文化の地方主義を唱えると共に、菊池精神の啓蒙に努めた。 熊本県文化懇話会、同文化協会の設立に奔走した。碑文は熊本県一円の文化活動に対して、その功績と作家としての才能を称えている。
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詩人島田磬也先生歌碑
(1909~1978)”情熱の詩人”と呼ばれ、代表作は「裏町人生」、「夜霧のブルース」、「湖底の故郷」などの名作を残した。第二の故郷を菊池隈府とした。碑面は「望郷の賦」である。
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頼山陽詩碑
(1780~1832)幕末の儒学、史学、漢詩人。南朝に忠誠を尽くした15代菊池武光公を称えて、筑後川合戦(1359)の詩を詠んだ。
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渋江晩香彰徳碑
(1833~1914)幕末~明治の神職、教育家。私塾「遜子堂」を建て、善良、忠実、温厚、平和を旨として、1873年~1906年の間に門人約1,500人を育成、指導した。功績を称え碑が建立された。

 

 

荒木精之文学碑
荒木精之文学碑
頼山陽外交詩碑
頼山陽外交詩碑
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2017/6/20 16:26 [ 10155hit ] 
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